昨日は市の子育て支援センターにまた娘と遊びに行きました。
前回は全く落ち着きなく歩き回っていた娘でしたが、少し慣れたのか座っている時間も多くなり、じっくり遊んでいました。
最初はえーー!!これ全部遊んでいいんですか?!ひゃっほーーい!!!
とテンションがフルスロットル状態だっただけのようです。落ち着きなく社交的すぎるのが娘の隠れた性格なのかと思って焦った。
関連記事:前回の様子はこちらに詳しく書いています。
1歳のお誕生日会、本領を発揮する娘とゲッソリする私
私は昔どんな子どもだったのか
私は子どもの頃から落ち着いていました。
一人っ子で山奥に住んでいたので周りに子どもが少なく、両親や祖父母・母の職場先の人など、大人と過ごすことが多かったのもあると思います。
学校では委員長タイプでした。というか委員長でした。
昔から本が好きで、教科書を読んだり覚えたり、テストで聞かれていることを答えるということは得意でした。
今思うと「いい子でいないといけない」「間違ってはいけない」「嫌な思いをさせてはいけない」とどこかで考えていたのかもしれません。そんなこと誰に言われた訳でもないんだけど…。
話すことには苦手意識が
一方、自分の考えや意見を話したり、誰かと議論したりということはずっと苦手でした。
思っていることはあるんだけど、すぐに言葉にすることができないのです。
- 就職活動の面接で言葉に詰まり、真っ赤な顔で何もしゃべれなくなってしまう。
- 接客マニュアルのある仕事では、台本どおりにいっている間はいいんだけど、ちょっとでも相手の反応が違うとパニック。何も言えず相手に言われるがままになってしまう。
- 言葉がキツい方を相手にすると萎縮してしまい、「嫌だ」とか「違うと思う」とか全く言えない。相手は私の萎縮した態度が嫌で余計言葉がキツくなる。
悲しい悔しい思いをためこんだ時もありました。
今では私はイイ子なんかじゃないことも、間違えないでいることなんて不可能なことも分かっています。
もし行き違いがあって誰かを怒らせてしまったとしても、後からでも心を込めて伝えれば大体のことは許してもらえるということも分かってきました。
それでもパッと言葉が出てくる方にはいつも憧れというかコンプレックスというかがあります。
どんなボールが来てもとっさに素晴らしい受け答えをする職場の先輩。飲み会など人が集まる場で雰囲気を作ってくれる友だち。
到底マネできなくて、尊敬しています。
意外とあった、伝えたいこと
私は普通の雑談でなく頭の中で考えたことは、人に話すと上手く伝わらなくてうっとおしがられるので話さないようにしてきました。
夫は、いつも話を聞いてくれます。
遮らないで聞いてくれて、最後に「こうだよね」と答えてくれることが大体私の言いたいこととちょっとズレていて、「ふう」となって終わります。
(話せたこと自体はとてもスッキリするんだけど)
私の中には昔から出ていけなかった言葉がたくさん積もっているのかもしれません。
書くことが楽しいと思うのも、書くことは自分のペースでひととおり伝えきれるからなのです。
読んでもらえているかどうかはまた別の問題としても、書くことって立派な自己表現だと思いませんか?
言葉で伝えるのも大事だし、そうでなきゃ伝わらない場面もある。
でもなかなか話すのが苦手な私達は、文章や映像や絵など…好きなこと・得意なことで伝えるのもいいんじゃないでしょうか。
得意なことで発信してみたら、自分でも気付いていなかったくらい伝えたいことがあるかもしれない。
そこで伝えるのが上手になれば、言葉で伝えるのも苦手じゃなくなって…いったらいいな。
関連記事:私が今のように書き始めたきっかけはこちらもご覧ください。
上手くまとまらなくても書いていいんだという気づき-書く習慣を読んで
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