ひな人形と、母のこと

3月はもう目の前ですね。女の子のいるお家の皆さんは、ひな人形って買いましたか?

もうすぐひな祭り

実家の母がひな人形を買ったらいいと、1万円をくれました。あの母が。よっぽど孫が嬉しいんだなあとなんだかほっこり。

私は1月末までなーんにも考えておらず(遅い)

インスタで素敵なひな人形をお見かけし、サイトを訪れてびっくり。慌てて人形屋さんのホームページを見てびっくり。

1万円じゃ、買えねえええぇ。

ケタが違うわケタが。

最終的には楽天で探して買いました。トップ写真の物です。1万円には収まらなかったけど、凜としたお顔で素敵でしょう??

思い返せば、我が家には7段の(!)ひな人形ご一行様が鎮座されてました。祖母が買った物だそう。こんな値段だなんて知らなかったよ。もっと毎年拝んどけばよかった。

私が小さかったときの母

ひな人形を見ていたら自分の母のことを思い出しました。

母は仕事をしていたけれど、私は一人っ子で家も山の中。近くに同世代の子は少なく、よく母に遊んでもらったと思います。

大雑把な人できっとそんなに料理も好きではなかっただろうに、ちゃんと作って私にも料理を手伝わせてくれました。ファーストフードやカップラーメンは中学くらいまでほとんど食べたことがありません(単に田舎過ぎて店が遠かったのもある)。

おもちゃやゲームは全然買ってくれなかったけれど、本は買ってくれました。
学校の勉強で分からないところは「今はいいかもしれないけど、そのうちお母さんには教えられなくなるから学校の先生にちゃんと聞きなさい」と教えてくれませんでした。

今ならどんなにか時間がかかるか分かるし、母なりにポリシーを持って育ててくれていたんだろうと思います。

幼い頃の私にとっては、なんでもできるスーパーウーマンでした。

病気が見つかった母

私が大学に入る頃、母は片足を引きずるようになりました。それは家族が毎日見ていて分かるか分からないか程度、ほんの少しずつの変化でした。

それから2年ほどかけて少しずつ歩き方がおかしくなっていきます。
痛むのかと聞くと「そんなことない」と言います。

様子がおかしいから見てもらいなと、整形外科に受診しました。
ただしばらく行っても原因が分かりません。

「神経からきているのでは」と言われ、一度首のレントゲンを大きい病院で撮ることになりました。

レントゲンを見た神経科の先生が、首は問題なく、レントゲンの上の方に写っていた脳に水が溜まっているということに気付いてくれました。「これは水頭症ではないか」とのこと。

※水頭症とはなんらかの理由で脳の中の髄液が多すぎる状態になってしまい、水分で脳が頭蓋骨に押しつけられ、様々な障害が起こってしまうこと。

慌てて脳外科で検査をすると、脳腫瘍が髄液が溜まる原因になっていることが分かり即入院になりました。私が大学3年の時のことでした。

手術後の母

手術は無事に終わりましたが、終わったときのチューブでグルグルにつながれた姿や、1~2日つぶやいていた うわごとが大変な手術だったことを物語っていました。

自らの組織が時間をかけて大きくなっていく腫瘍だったそうですが、もっと早く気付ければ…と何度も思いました。

足は今まで通りに動かないかもしれないけど、有り難いことに記憶や言葉に後遺症は無いと言われました。

ただ母は今までのように歩いたり運転したりできなくなること、仕事も辞めなければならないことがショックだったんだと思います。リハビリを断固拒否しました。入院が伸び、その後更にリハビリ専門の施設に1ヶ月入院しました。

この時私は筋肉が生きていくのにどんなに大事か、寝たままの生活が長くなってしまうとどれほど大変なことになるか思い知りました。

 

家に戻ってきた母は人が変わったようでした。家をバリアフリーに改装する必要はあったのですが、その時になぜかサンルームを付けると言いはったり、生協で信じられないくらい買い物したり。

手術・長引いた入院に次ぐ急な出費で家計は火の車。到底全ての要求をかなえられません。少しでも非難すると、すぐにテーブルをひっくり返して「あのまま死んじゃえれば良かったのに」と泣き叫んだり、「父に殴られる、警察に行く」と騒いだり。
私が下宿していた東京に戻ろうとしたとき「あんな女知らない!」と言われたこともありました。

その頃は私も父も疲れ果てていて、家から出た途端涙が出ました。いつも平穏で物事にあまり興味がなさそうな父が泣いているところを初めて見ました。

その時私は気付いてしまったのです。

父も母も弱みもあれば落ち込みもする、普通の人間なんだということに。

ひな人形に私が宣言したいこと

私も子どもを産んでもうすぐ1年になる今、自分自身を顧みるともちろん普通の人間です。弱みや落ち込みばかり。
それでも母のことをスーパーだと思っていた私のように、物心つく前から一緒にいる娘にとってはすごいニンゲンに見えるのでしょうか?

あれからもうすぐ10年になります。その後母は治療とリハビリを嫌々ながら続け、杖を使って歩いたり階段を上ることまでできるようになりました。孫が生まれてさらに笑顔が増えました。

この文章を書くかどうか迷いましたが、書いたことで改めて当時の大変さと、今私も母も体調が落ち着いていることがどれだけすごいことか思い出しました。

そこでこのことを忘れないように、自分たちで買った小さなひな人形に宣言をしたいと思います。

 

可能な限り健康で にこにこしながら生きること。
最後まで自分たちの家計は自分たちで守ること。

 

なりたくて病気になる人なんていないのはもちろんです。むしろ母が病気になって、私は様々なことを学んだし考えたし、そこから人生が変わりました。

あの経験があったからこそ元気でいること、笑っていられることがどんなに有り難く幸せか分かります。

この先も忘れないように、毎年ひな人形を出す度に思い出すことにします。

運動もするし、食事もいろんな物食べるし、健康診断とか歯医者の定期検診もちゃんと行くし、あとはたくさん家でにこにこするからね!

 

最後まで読んでくださってありがとうございました!

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