一言では言い表せない、男女の恋愛模様を描いた井上荒野の本。
「世界の中心で、愛をさけぶ」などを手がけた行定勲監督により映画化もされている。
『つやのよる』
著者:井上 荒野、 発行所:新潮社、 2013年1月20日
読みたい所をタップ
全体に暗い雰囲気
恋多き女性である主人公の「艶」。彼女は今、死の床にあり活発に動いたり話したりすることはない。
しかし、現夫の「松生」が、艶が関係してきた男たちに死期を伝えることで様々な人に影響が及んでいく。
この本を読み始めて、最初はちょっと「マンマ・ミーア」(父に会ったことのない少女が、母の日記に名前があった3人の男性を自身の結婚式に呼ぶ物語)を思い出した。
ただ、雰囲気はマンマ・ミーアと比べものにならないくらい薄暗い。
物語のきっかけが「結婚式」ではなく「艶の病気」ということもあるけど、それだけではない。登場人物たちは艶が関係する以前に、それぞれ思い通りにならないことを抱えている。
浮気したりされたり、現実にいたら「あの人、大丈夫かなあ」と思うようなキャラもたくさんいる。
人と人はつながっている
各章の主人公になっているのは艶と関わっていた男性ではなく、その近くにいる女性(松生をのぞく)。艶という名を知らなくて「通夜」と聞き間違えたり、存在は知っていても会ったことがなかったりする。
「さまざまな人に影響が及ぶ」と書いたが、この本は登場人物が多い!!名前があるキャラだけでも30人はいる。
各章の主人公は自分の人間関係の中で生きているので、それぞれストーリーが展開されていく。読んでいくとどこかで艶と関わってはいるのだけど、今の人生は別なのだ。
「友達の友達の…と7人辿ると世界中の人に行き着く」という話を思い出した。お互いには知らないけど、人は人と生きていく。そして、こちらに見せる顔とあちらに見せる顔は微妙に違っていたりする。
この小説は淡々と書かれているけど、特に女性の怖い一面が垣間見えたりする。
しれっと二股している湊や麻千子。モテる彼の高校時代の彼女(彼の息子付き)と近しくなる百々子。
隣にいる男の不倫を知っていて、何も言わない女もいる。怖い。
何かあったら言う女性と言わない女性がいるけど、言わなくても忘れたわけではない。奥底に降り積もっているだけだと思う。
小説には書かれていないこと
作者の井上荒野さんは、単にそれぞれのタイプの女性の恋愛や怖さを書きたくて、そこに艶というキーワードで統一感を出したかっただけなのかも。
読み終わっても、なんとなくハッキリしなくて、かゆいところに手が届かないかんじがする。
艶は結局どんな人物で、何を思っていたのか。
艶と関わった男たちは艶に対してどう思っていたのか。
松生はなぜ艶と一緒になったのか。そして、なぜ他の男たちに連絡したいと思ったのか。
最後の章にでてくる少年は誰で、どうして出てくる必要があったのか。
最後までしっくりこないけど、読者が想像する余地があることが良さなんだろう。
そもそも荒野(あれの)ってペンネームがすごい。
ザッと見渡すと草木も何もないように見えて…実は火山や氷河が地面の下に埋まっている。そんな小説。