ノスタルジアの魔術師が描くなつかしさと怖さー『光の帝国』

恩田陸さんの『光の帝国』は、不思議な力を持った常野(とこの)の人々のお話をつないだ連作短編集です。

穏やかなのに背筋が寒くなる小説でした。

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常野の人々

「常野」から来た人は、他の人に紛れひっそり暮らしていますが、それぞれ不思議な力があります。普通の人が見えないものが見えたり、膨大な情報を記憶できたり、とんでもなく長生きだったり。

短編ごとでそれぞれ持っている能力や設定が違うのですが、物語の入り方や描写が上手で説明臭くなく引き込まれます。

虫干し」や「裏返す」などの言葉が変わった意味で使われているのですが、耳慣れない造語を使わないからこそ読んでいて親しみやすいのかもしれません。

なつかしさと怖さ

この小説は、怖かったです。

ホラーとかスリルとかの怖さではありません。

のどかな わらべ唄が一瞬不気味に聞こえたり、日本人形が光の加減で怖く見えたりとか、そういう怖さです。

おだやかで優しい文章なのに、遠くにいた人が一瞬で自分の真後ろに立っていた時のように背筋が寒くなるときがあります。

恩田陸さんは「ノスタルジアの魔術師」とも呼ばれているそうです。読んでいると、ときどき遠い昔に同じ感覚を体験したような、心臓のあたりがキュウッとするような気持ちになります。

たとえば、春の夕暮れを表現している箇所。

明らかに新卒らしい青年たちが、慣れない敬語から解放されてホッとした表情で帰ってゆく。(中略)なんとなく胸のどこかに痛みを覚える季節。こんなことをしていていいのだろうか?これがほんとうに自分のしたかったことなのだろうか?こうして歳をとっていってしまうのだろうか?

『光の帝国』恩田陸著、集英社、p40

この感覚は分かるという方が多いのではないでしょうか?

恩田陸さんの小説では、子どものころや昔どこかで感じたことへの「なつかしさ」と「怖さ・不気味さ」が紙一重です。

異世界は日常のすぐ隣にあるように感じます。

多彩な物語

私が最初に恩田陸さんを認識したのは「夢違」で、今でも思い出すとゾクゾクする話です。

実はそれまでにも何作か恩田陸さんを読んでいたのに、イメージがつながらなかったのです。それだけジャンルの違う小説も書かれています。

『光の帝国』は短編ひとつずつテイストが違うので、怖い系、音楽系、学園系、それぞれ本1冊になりそうなほどです。

この本は1997年に書かれていて、その後実際にそれぞれのジャンルで小説が出ています。この「常野物語」シリーズはいろいろな作品の源泉なのかもしれません。

そして、表題作の「光の帝国」はとてもとても悲しい話でした。出先で読んでしまったのですが、気分が落ち込んでしばらく動けなくなりました。

怖いのは、悲しいのは、どこか遠くの物語ではなくて身近に感じられるものがあるから。常野の人はすぐ近くにいるかもしれません。

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