銃を取り、戦渦を生きる少女たち『同士少女よ、敵を撃て』

もし、突然日本で戦争が始まってしまったら、そしてそれが日常となってしまったら、

いったい私たちは何を目的に生きるのだろうか。

『同士少女よ、敵を撃て』簡単なあらすじ

1942年。ロシアの農村に暮らしていたセラフィマは、襲撃してきたドイツ軍によって突然母親含め村人全員を殺される。

まだ少女のセラフィマだが、ロシア軍の女性兵士イリーナに「戦いたいか、死にたいか」と問われ銃をとる。

セラフィマの生きる目的は復讐

村を襲ったドイツ兵と、母の遺体を焼き払ったイリーナに…。

同じ境遇の少女たちと狙撃兵の訓練学校に入り、やがてスターリングラードの前線に赴くセラフィマの運命は。

描写がリアルすぎる

この本を読んでまず感じるのは、描写がリアルすぎること。

開始28ページですでに吐きそうになる。

その後も、戦地に放り込まれた少女の目線で物語が進み、目も当てられないほど悲惨な出来事を1つ1つ見ていくしかない。

でも目が離せない。

銃のこともロシアのことも全く詳しくないのに、説明臭くなく引き込まれてしまう。作者の描写が上手いからだと思う。

何のための戦争、何のために生きる

イリーナが少女たちに「何のために戦うか」と問い、セラフィマは「女性を守るために戦う」と答える。

しかし現実には生きるために(そのためだけなのかは分からないけど)敵国の兵士と望んで愛人関係になる女性もいる。

ドイツ兵のために売春させられるドイツ人女性もいる。

セラフィマが信頼した人が、敵国の女性を犯そうとする場面もある。

何が悪か、何が正義か、「敵」とは誰なのか?

…足下が揺らいでいく。

そして復讐を目的に生きているセラフィマには、戦争が終わったあと何が残るのか。

戦争に正義などはないのだと思う。

戦争で誇る戦果は、失われた命の数。

失われていくものの目の前で大義など霞むだろう。

ウクライナ侵攻の前に出た書籍だけど、現代の人々に戦争の意味を問うているよう。

ママの「子どもを犠牲にしないために」、

アヤの「自由のために」、

看護師ターニャの「敵味方無く治療を」。

戦渦を生きる少女たちの理由はどれも胸に刺さるけど、ただひたすらに、悲しい。

もし今日本が戦争になったら…娘を置いて死ねないから私は必死で生きるだろう。

この本のように自分が死んでしまったら…

自分の仇なんか とらんでいいけど、娘にはどんな手段でもいいから生きてほしいと願うと思う。

そんなことにならないように、戦争の無い未来のために、動かなければいけないと思う。

最後まで目が離せない

特に414ページ以降、怒濤のラストがすごかった。

実際に命のやりとりをする場面で、こんなに冷静に狡猾に動けるものだろうか?

仇敵と戦うことはできるのか。そして、イリーナの本当の目的は。

読み終わったあと、考えさせられる一冊。

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