多くの作品があり、私が大好きな作家荻原浩さん。
まだ荻原浩さんを読んだことがない方がいたら、最初に紹介したい一冊がこちら。
『冷蔵庫を抱きしめて』
著者:荻原 浩、 発行所:新潮社、 2017年10月1日
間違えて買って出会った本
この本に最初に出会ったきっかけは、他の作家さんの本と間違えて買ったこと。
今思えば大変失礼だけど、あれは女神が私を導いた運命の出会いだった。
途中で「あれ?なんか違うぞ?」と気付き、気付いたときには面白くてとまらず、一気に読んだ。
別の作風を予想していたのもあるかもしれないけど、衝撃的に面白かったので、一発で荻原浩さんのファンになった。
「砂の王国」、「オイアウエ漂流記」、「明日の記憶」、「噂」…
荻原浩さんの小説は数多く、それぞれ雰囲気が全く違う作品を書けるのがすごい。短編集である「冷蔵庫を抱きしめて」には荻原浩さんの良さがギュッと詰まっている気がする。
言葉のおもしろさ
私が荻原浩さんの小説の良さだと思うのは、言葉自体で遊んでいて、クスッと笑いながら読めること。「冷蔵庫を抱きしめて」では、たとえばこんなところ。
SNSの中に実物とは全く違う自分を作り上げている主人公が、自分のドッペルゲンガーが街をうろついている予感に気味が悪くなった場面。
あいにく僕は、超常現象とか、超能力とか、超過勤務とか、超のつくものは好きじゃない。
『冷蔵庫を抱きしめて』荻原 浩 p133
顔だけはいい彼氏(ライト)の浮気がバレたとき、その場を取り繕おうとしたギャグにたいして。
来人はTPOという言葉を知らない。比喩的な意味ではなく。小室哲哉のバンドの名前だと思っている。
『冷蔵庫を抱きしめて』荻原 浩 p163
全編通して、読み上げたくなっちゃうくらいリズムがいい。そして、登場人物に親近感がわく。
でも、書いてある内容は笑えることばかりじゃない。
DVや摂食障害、お客さん相手に言いたいことが言えないストレス、理想の自分と実際の自分の乖離…
現代でありそうなツラさ、苦しさが、どれも当事者のように書かれている。
マスクで保護しているのは「俺の心」
たとえば、第5話の「マスク」。(この本はマスクはカゼや花粉症の時に使うものだった、コロナ前の2017年に出されている。)
コロナが流行り始めてマスクをするようになったとき、「顔を見られない安心感」は誰もが感じたと思う。
「メイクしなくて大丈夫かも」とか「あくびしてもバレないかも」とか「挨拶するかどうか微妙なタイミング、マスクしてるから気付かれないかも」とか…
この話の主人公は、マスクに守られる安心感の虜になり、どんどんエスカレートしてしまう。
マスクの下に隠しているのは、鼻と口だけじゃない。仕事の交渉の時の本心、過去のイヤな思い出、コンプレックス、その他もろもろ。
花粉の時期が終わってもマスクだけじゃなくゴーグルやキャップに身を包む主人公が、周りと祖語を来していく場面はコミカル。でも内容は人ごとではない。
ここまではいかなくても、誰もがちょっと覚えがある感覚だと思う。
痛快なラスト
ツラさもあるけど、それぞれの短編に、意外だったり痛快だったりするラストが用意されている。8話読み終わると「なんかがんばれそう」な気分になる。
疲れた日のお風呂でぼんやり読みたい小説。